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糖尿病の歴史

病名の由来

水を飲み続けながら痩せてゆく珍しい病気は、紀元前15世紀頃のエジプトから、印度、中国の古文書にも散見するようですが、「デイアベテス Diabetes は不思議な病気で、肉や手足が尿に溶け出してしまう、患者は絶えず水を作り出し、水道の蛇口から流れ出るようである。その症状が揃うと間もなく死んでしまう」というギリシャの(現在はトルコ領)カッパドキアのアレテウス(紀元30-90年)が初めて正確に記載した症状で、アラビア医学に引き継がれ、現在の病名はこれに基づいています。

インスリンの発見

糖尿病の理解は、次に17世紀の英国で尿中の糖がブドウ糖であることで進み、多くの臨床観察が行われました。日本では「消渇の病」と呼ばれ、江戸中期 香川修徳などが「一本堂行全医言」のなかで「・・・胃が乾燥し、いくら水を飲んでも渇きが止まらず、いくら食べても飢餓が続く、尿は甘みがある等・・・」の可成り正確な記載がされています。19世紀にはいるとフランス、ドイツでの生理学・食餌療法の研究が進みましたが、革命的な進歩としては1921年のインスリンの発見が挙げられます。これらの歴史は主としてインスリンを絶対に必要とする、日本では5%以下の少数である1型糖尿病の歴史です。

現在の「国民病」へと

大多数を占める2型糖尿病も勿論昔からありました、日本での正確な頻度は1950年代の糖尿病疫学調査からはっきりしました。19世紀には普仏戦争(1870年)で包囲されたパリで「糖尿病」が劇的に減ったという記録があります。我が国でも第2次大戦中に糖尿病は非常に減少しました。戦後少しして増え始め、私が医者になって間もない1970年頃、全国で倍増して100万人を超えたと騒がれました。それが60年足らずしか経っていない現在、境界型を含め2000万人位と推定され、受診中の患者数も1000万人近くという「国民病」になり、現在では腎透析には2兆円を超す巨額が使われていますが、患者の半分は糖尿病合併症という状態で医療経済上でも深刻な問題となっています。

これは食糧が豊になり、脂肪の摂取が増え、肉体労働が遙かに減少した日本の現代社会に発生した問題で、私が医者になった1956年の経口血糖下降剤の導入は歴史的、画期的な事だったと言えましょう。

藤原道長、明治天皇も糖尿病

この切手は1994年(平成6年)11月第15回国際糖尿病会議が神戸で開催された時の記念切手です。左上は源氏物語絵巻からとった光源氏で、下は3個のインスリン結晶のイメージ画像です。

藤原道長 わが国の確かな糖尿病第一号:藤原道長(966-1027)

源氏物語の主人公光源氏のモデルとしても有名ですが、現実には貴族社会の猛烈な権力闘争を勝ち抜いた人物ですから、常に大変なストレスに曝されたに違いありません。彼自身と側近の残した詳細な日記が現存しており、家族歴は濃厚で、運動不足と連夜の宴会など2型糖尿病を発症する環境も揃い、40歳代から典型的な症状で発症したようです。

53歳で有名な「この世をば我がよとぞ思う望月の欠けたることのなしと思えば」という宮中宴歌を詠んだ頃には、側近に「近寄れど汝の顔よく見えず」と告白するほど恐らく糖尿病網膜症で視力が低下しており、他の合併症も進み、月は大分欠けていた筈と考えられます。62歳で背中の皮膚感染症から起こった敗血症で亡くなっています。家族歴から推察すると平安貴族の社会には糖尿病はかなり高率に存在した可能性が高いようです。

わが国の歴史上の人物で、次に間違いない糖尿病の記録が残っているのは、1000年近く経った後の明治天皇(1852-1912)です。  明治天皇は、若い頃ドイツ語の勉強が嫌いで、最大の趣味は乗馬、陸軍演習観閲が大好きでしたが、40歳過ぎてから肥満し、糖尿病になったことは間違いありません。(D.キーン:明治天皇、上・下巻)併し、恐らく当時宮中での幼い皇族の死亡率が驚くほど高かったため極度の医者不信で、Dr.Baelzや東大教授の医師団の診療を実際は拒否したらしく、糖尿病性腎症による尿毒症で60歳で崩御されました。従って藤原道長同様に近代医学と無縁の一生を送られたようです。日本の2型糖尿病の現状に大変示唆に富んでいます。

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